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2009年11月

さんぽ道・城址あたり

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朝、起床とともに散歩にでます。

霧の朝です。

仕切りのない柔らかな佇まいが大好き

ドウダンツツジの生垣はいま見ごろ・・・

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004 亀岡駅から10分、石垣と堀を残す小高い丘は亀山城址です。

堀は内堀・外堀・惣堀と三重になっており、強固に守られていました。

ここは外堀、今から城址を一周してきます。

若いセンダンの実が・・・

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城址から南に広がる城下町は、内丸町、紺屋町、塩屋町、旅籠町、呉服町、京町、突抜町などなどの商家や町家が古い風情を今に伝えています。

呉服町の町家、早朝からきれいに掃き清められています。

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こんな落ち葉を足で掬いながら進んで行きます。

040_2 ヤマボウシやミズキが色付いている坂を上がると、

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石垣につきました。石垣には石の運搬を担当した諸大名の刻印が見られます。合計55ヶ所あるそうです。

また、明治中期、京都鉄道の線路工事をしていたころ、敷石が不足していたため、お城の石垣が砕かれて、鉄道の敷石になりました。現在のトロッコ鉄道の敷石にも、まだ残っているかも・・・?

築城の名人、藤堂高虎によって、五層の立派な大天守が築かれたと言う。

047 写真の右奥、大銀杏の木が天j守のあとに植えられたものと言われる。

藤堂高虎は、自身の城、今治城天守の部材を献上し、丹波亀山城の天守をして完成させた。この天守は、ゆがみのない美しい外観の「層塔型」という最新の形式で、後の天守建造に大きな影響を与えました。

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もみじはまだこんな状態、青いな。

陽がにんまりしてきました。

020 坂をたらたらと下ると色の抜けた真っ白のフジバカマや

015_2 アマチャの花が・・・

042 銀杏落ち葉のなかをざくざく歩いて、ひとまわりしてきました。

追々に時雨が通り、杜も秋が深くなるだろう。今日もいい朝でした。

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 (写真クリックしてね)        2009.11.10.

 

おばあちゃんの靴が鳴る♪

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10月の終わりの日、とてもいいお天気。

ふらっと、嵯峨嵐山駅に降りた。嵯峨小学校前から、京都バス200円で鳥居本を過ぎ清滝に着いた。

バス停から急な坂道を下りると清滝川に架かる赤い猿渡橋が見えた。この辺りの紅葉はまだ日がかかりそう。それでも水辺でお弁当を広げている家族や寄り添うカップルもちらほらと・・・

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橋を渡って200mほどで愛宕神社表参道二の鳥居があります。

013_3 神社まで4,2km。私はここまで。

ひとりでは登れません。012

清滝川は

京都市北部境の桟敷ヶ岳、飯盛山、天童山、茶呑峠の各南麓の水を集め南流、京都市北区大森・小野・中川の各地区を蛇行しながら南下、右京区に入り梅ヶ畑地区・嵯峨清滝地区を貫流し、落合で保津川(桂川)左岸に注ぐ。

016_3原に下りてみると、瑠璃色の水が透けて流れています。こんなに少ない川の流れは初めて、岩肌の白さが目に痛いくらいのいいお天気。

岸辺に与謝野晶子の碑がありました。ええ、前から建ってたかな?

018_2 こんなところにも、お茶の花が・・・

落合の方向にしばらく歩きます・・・

人っ気がなくなり怖くなって、土手を上がりバス停に戻りました。

汗を拭いて、さあ!これから細い清滝トンネルを歩いて抜けます。中ほどで3台の車に出会いました。急いで避難穴に身を寄せます。

くる時バスの中からトンネルの様子を見ておきました。「よ~し、これなら歩けそうだ、帰りは歩こう」と思っていたから・・・やっと抜け出しました。

025_2 そして千二百羅漢の愛宕念仏寺(オタギネンブツジ)を拝観しました。

この羅漢は、お寺の復興のために昭和56年から10年間、千二百人の一般の参拝者自身の手で彫られたそうです。030_2

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鳥居本はさすがに北嵯峨観光のメッカ、「皆さん何処からお出でやしたの?」と聞きたいほどに・・・。

人ごみを避けて、化野念仏寺もパスして横道に逃げましょう。005_2

 ♪おててつないで野道をゆけば
みんな 可愛い 小鳥になって
唄をうたえば 靴がなる
晴れたみ空に 靴がなる♪ 
口ずさみながら、足どりも軽やかに・・・036_2 038_3 

ここで

失礼をして寂庵をちらっと覗き見する。

前に来た時はず~と田圃だったのに、一面が造成地に様変わり、大好きだった北嵯峨の光景も今に無くなることに・・・。

2時間半ほどの散策で、嵯峨嵐山駅に戻り、「よく歩いたなあ~」いい秋の日でした。

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