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2010年6月

雨そぼ降る法金剛院

雨の週末、Bivi二条で映画 『Fiowers』を観てきました。「美しい日本」の「美しい女性」に感動する。のキャッチフレーズに魅せられて・・・。

昭和11年春爛漫の桜の季節から物語は始まり平成21年まで。母から娘にそして孫に、時代を越えてつながれていく。 白無垢の花嫁、蒼井優が扮する最初の女性が、丁度わたし達の母の結婚と同時期で・・・そんな思いでなぜか見たかったのです。

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映画から帰り「そうだ夏椿(沙羅)が咲いているかも、行ってみよう」と花園で下車し寄り道をしました。

雨の法金剛院はしっとりとして苔が眼に沁みます。最初に迎えてくれたのは、クチナシの白い花でした。この雨で落ち花も・・・。

そして色鮮やかな紫陽花。蓮も咲き始めていました。

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このお寺は鳥羽天皇の中宮待賢門院の御願寺で、極楽浄土として造園された特別名勝「池泉回遊式浄土庭園」があります。四季おりおりの花が咲き乱れ、特に「蓮の寺」とも云われます。

菩提樹や夏椿(沙羅)の大きな樹もあります。菩提樹は終わっていましたが、夏椿の花は雨に濡れてちょっと憂いをおびているように下向き加減に咲いていました。

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西行が「久遠の女性」と仰いでいた中宮待賢門院。鳥羽天皇の中宮でありながら白河法皇のご寵愛を受け・・・晩年はこの双ヶ岡の南に法金剛院を建立され、このお寺で落飾されたと言う。

奥の本堂には相好円満な本尊阿弥陀如来の大像が安置されています。これは女院在世時に造られたものであるらしいです。

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蒸し暑い中でしたが1時間ほど庭園をめぐり歩きました。

雨も良し、そぼ降る雨に清々としたひと日を過ごしてまいりました。

おつかい、二つ

              

リーンリーンリーン~、夢の中だろうか・・・・・「いいえ、もう起きています。判りました。それではすぐに。」祖母が電話を取ったようだ。

「Fちゃん、和田のMさんまで電話のことづけに行ってきて、急いでな」きょうは日曜日 、夕べは蛍取りに行って遅めに寝たのに、眠たいな~」「ええ!和田まで?そんなん怖いわ、Tさんの犬が放してあったらどうするのん、咬まれるやん」「大丈夫!教えてあげた様にしたら逃げるって!急いで急いで!」

当時、村で一番怖いものはT家の狼のような猟犬でした。1ヶ月ほど前に和田の友達が顔を咬まれて2,3日入院されました。綱を食いちぎってその子の家の前まで来てたそうです。その後鎖に換えられたと聞きましたが・・・。「学校道は遠いし峠越えで行こうかな」秋には落ち葉搔きにいく小さな峠で、ちょっと暗いけど、そこを越えると田圃道を一直線で半分の距離でいけます。

あのころ、村に電話があるのは役場、学校、農協、駐在所などを除けば3軒だけでした。急ぎの連絡は電話のある家にかけて呼び出してもらうか、此方がこと付けするかの手段しかありません。今朝のことづけは大変そうでした。「すぐのバスで○○病院に来て下さいと電話がありました。て言うんやで」これは急がなくては・・・。自転車はまだ横のりしか出来ません、歩いていくことにしました。

和田の集落は、学校よりずっと遠く渋坂峠に入る手前です。学校経由で行くと2、5キロ位かな。

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峠に入りました。所どころで木漏れ日がきらきら揺れます。真上からウグイスも鳴いていますが、ひとりで越えるのは初めてで緊張してて周りを見る余裕などありません。500mほどの峠を越えました。田植えが終わったばかりの青田の匂いが爽やかだ。もうMさんの家も見えてきました、急ご! 

真っ直ぐの道にふっと目を凝らすと動くものが見えた。「Tさんの犬や!どうしょう!」どんどん近づいてきます。脂汗がじわっと流れます!「そうだアレをしなければ!」犬が10mほどの所に来た。私はとっさに両手を一杯に広げ、足を踏ん張り、犬の目をしっかり見ました。犬は止まり目が合いました。「負けへんよ!」と何度も自分に言い聞かせて踏ん張りました。するとどうでしょう!犬は遠巻きに首を垂れて離れて行くではありませんか、何てこと!汗がぽとぽと音をたてて落ちました。でもここで油断は出来ません。後ろからカプリとされては・・・。その場で犬の行く手を確かめてからM家に急ぎました。用件を言ったら小母さんの顔色がさあーと変わった。「よう きなさったな~」と言って、はったい粉を半紙に包んでお駄賃に。帰りは小父さんが学校前まで送って下さった。

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もう一つ忘れられないのは、自転車に乗り始めて1ヶ月のころ、自分から進んで配達に行った。「大丈夫かな?」と心配する祖母に「任しとき!」と言って、荷台に座布団のようなもので1升瓶を包んでもらってお酒の配達に。石ころのある里道ですが一応村のメイン通りです。配達先は、高い高い石垣の上の局長さん宅です。坂を上がる手前で降りようとすると、大きな石に当たりハンドルを取られてクラクラとしたと同時に石垣に手の甲をすり、「痛た!」思うや、ガッチャン!

白い道に見る見るお酒が染んでいきます。「どうしたん、怪我してへんか?」と、近くの小母さんが飛んできて突っ立っている私の体を触って「大丈夫やで」と自転車を起こし、瓶の欠片を片付けてから家まで送り届けて下さいました。頭を垂れて叱られるのを覚悟で家に入ると、祖父が笑いながら「ひとりでようけ(多く)呑んだんやな」とポツリと言った。手の甲から血が滲んでヒリヒリします。 あ~あ!とんだお使いでありました( ̄○ ̄;)!。

遥かに遠い出来事でありました。

写真は和田の集落と地蔵山。懐かしの電話です。

               

風そよいで、保津・流れ橋

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         朝もやの保津大橋

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         愛宕山と保津の集落

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        小父さ~ん、釣れますか~ 

        鮎の解禁日かな?

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6月になりました。お一日の今日は、亀岡駅北口から保津大橋を経て約3キロ下流の、請田神社にお参りしました。

保津川が亀岡盆地を流れて保津の谷へ入る辺り(亀岡側のトンネルの入り口)の両岸に、二つの神社があります。左岸にあるのが請田神社です。

昔から船頭や筏士の間では「オイ」・「アタゴ」という合言葉があるそうです。川を下る時に右手の方を「オイ」、左手の方を「アタゴ」という。これは「老の坂」と「愛宕山」を指した省略語です。

川向うはJR嵯峨野線が走っています。

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お参りのあと、車一台がやっと通れる川沿いの道を引き返します。途中の愛宕林道の別れから流れ橋を渡って対岸に。この流れ橋もは、どこでも見られる欄干のないもので大水の時は姿を消します。写真では広く見えますが、軽自動車がぎりぎり通れる幅です。

まあ!いいタイミングで保津川下りの船がきました!下の写真は少し流れのある所が怖いのかしら?背を丸めて辛抱してますね^^こんな位で怖がっていたら先が案じられまよ~^^

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右岸の堤防にきました。陽射しもやわらかくて川風が涼しいです。水車を覗いたり、野の花の川原や麦畑の畦をゆっくり道草しながら乗船場まで帰ってきました。

保津川沿いには多種のヤナギ類が育生。秋の河川敷は、府下で唯一のカワラハハコが群生しています。

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保津川下り」の歴史は古く、江戸時代初頭にさかのぼります。1606年、京都の豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)と息子の素庵が、この川、保津峡谷の激流を開消したことに始まります。

滑るように流されるその体感は、夏目漱石も、「虞美人草」で、次々に現れる絶景や船頭の棹さばきなど、その素晴らしさが書かれています。

この川の上流、北山京北の山々は豊かな森林におおわれており、昔は材木を筏に組んで京都、大阪に運んだのです。記録に明らかなものでは、天竜寺や臨川寺の造営、大阪城、伏見城の築城等に用材を流したことが知られているようです。

難しいことはメダカには判りません。尻尾の出ないうちにこのあたりで止めときます。

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その日の水量によって所要時間が変わります。今日は1時間30分と早めのようです。  

 

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