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2011年2月

キューピーさん

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 2月15日 火曜日 雪のち晴れ

14日の夕方から雪起しの風とともに吹雪きになり、気温がぐんぐん下がり、15日早朝には5cm~10cmほど積もりました。 (写真は2月15日朝の南郷堀)

 2月22日 火曜日 快晴

雪はすっかり溶けて昨日に続いて雲ひとつない快晴です。ほろほろと陽気に誘われて里に向かいました。

家の前のざらざら坂の辺りに蕗のトウを発見。老いた柿の木の下はイヌノフグリやホトケノザ、蛍ブクロや竜ノヒゲ、彼岸花が咲く日当たりのいい斜面で、昔からいち早く春を告げる陽のあたる坂道です。

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ささ舟を流し、メダカやシジミやカラス貝を掬った透き通るような小川はこんな風情のない姿にいつの間に変わってしまったのかしら?

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孟宗藪をぬけてお稲荷さんに登ります。山は初午のとき掃除されたのか、木も適当に伐採され爽やかで怖くありません。

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小さな祠の中からコンコン狐さんが「よう!久ぶりやコン!」と云って優しい目で迎えてくれましたコン。

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子供のころ、初午の日に雪を掻き分けて9つの狐の穴(ねぐら)に在所の皆さんがお揚げさんや胡麻や小豆のおにぎりをお供えします。学校から帰ると松明が燃えるちっちゃな境内で、鬼ごっこや雪合戦をして遊んでいると、夕方にはお供えのおにぎりが子供たちに振舞われるのでした。しもやけの手でほおばるおにぎりの美味しかったこと、今でも忘れられません。

そんな狐の穴を探しましたが5つしか見つかりませんでした。しかし「行者さん」は変わらず居られました。

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右横の桐の箱になにが入っているのかな?そろっと開けて見ました。バチが当たるでしょうか?中には比較的新しい紙に 大峰山内龍泉寺 と書かれたおふだ?が入っていました。あの熊野の大峰山に誰かお参りされたのでしょうか。何かやんちゃをしたようで慌ててその場を離れました。

里に来ると思い出すことが泉のようにわいてきます。その一つにキューピー人形のことが・・・

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私が2歳になるころ父が日中戦争から帰ってきました。生まれて初めて見る父になかなか馴染めず、「おいで」と手を出しても泣き出す騒ぎでした。父は困り果て、ある日京都で私の等身大もあるキューピーさんを買って、私のご機嫌をとるべしで勇んで帰ってきました。

「このお人形はキューピーさんって云うんだよ、可愛いな~、Fちゃんにそっくりやな」^^と云って私に渡したという。囲炉裏の傍でね。私が初めて父に笑顔を見せてセルロイドのキューピーさんを受け取りました。抱っこしょうと思ったのに大きくて手が廻らなかったのか、その瞬間キューピー人形は手からはなれて囲炉裏に転げ落ちたのです。

鼻をつく臭いとチリチリと真っ黒な塊が残るだけに時間はかからなかった。私は声も出さず涙目で囲炉裏の火をじっと見ていたと、ずっと後で母から聞かされました。

僅か数分の出来事でしたが、70年前の幻のキューピー人形の色と感触のようなものを今でも手に感じることがあります。いまも父にすまない思いでいっぱいです。

              作詞 葛原しげる  作曲 広田竜太郎

                キューピーさん キューピーさん

                なぁににそんなにおどろいて

                大きなお目めを みんなぱっとあけて

                白黒させて たってるの

1909年12月にアメリカの婦人雑誌で誕生したキューピーは、2009年12月に100歳の誕生日を迎えたそうです。



  

ある日のこと

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2月9日の寒の戻りから昨日まで、毎日雪の降らない日はありませんでした。今朝は田圃や木陰に雪はあるものの空からは舞っていないです。その分凛々とした冷たさを感じました。

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 2月13日  曇りのち雪

先月末ごろK新聞に、「戦前・戦後のあの歌この歌思い出のメロディー」 無料見学者申し込み受付。場所 四条Oホテルにて。

「ええっ!聴きたいな」 こんなとき深く考えないで直感で行動するのがめだかの習性。  いち早く申し込みを済ませました。

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さて当日です。歌うグループは、この道35年の実績を誇る「シニア関西懐メロくらぶ」の紳士淑女の方々であります。

オープニングは『湯島の白梅』をみんなで合唱。「うわ!古いな~」って感心しているうちにさっさと進んでいきます。95歳の矍鑠とした喉からは東海林太郎の『国境の町』(S・9年)を。 ミス・コロンビアの『十九の春』(S・8年)と2曲が昭和1桁の出し物で、めだかがよく口ずさむ、『旅の夜風』霧島昇とミス・コロンビア(後の奥さん)は白髪のご麗人の力唱で会場が熱く沸きました。

花も嵐も踏み越えて行くが男の生きる道 泣いてくれるなほろほろ鳥よ 月の比叡をひとり行く♪

ご存知直木賞第一回受賞者の川口松太郎氏が婦人雑誌に連載された作品『愛染かつら』の主題歌で、めだかは子供の頃から身振り手振りで竹筒のマイクでよく歌っていました。

余談ですが、信州上田の別所温泉に行った時、愛染神社(定かでない?)で大きなカツラの木があり、そこが愛染かつらの撮影場所だとか聞き、早朝散歩に出かけて高石かつえになりすまして^^木に触ってきました。

あと、『上海帰りのリル』『哀愁の街に霧が降る』『別れの一本杉』『誰よりも君を愛す』など好きな歌も多くありましたが、戦地から帰った父が蓄音機を聴きながら歌ってた、『誰か故郷を想わざる』が歌われなかったのがとても残念でありました。それでも半日を名も知らぬ方々の中で唯独り懐かしい昔にとっぷりと浸かってこれたことは幸せてことでしょうか・・・。

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   (写真はきのうの雪で綿帽子を被ったロウバイとヤブ椿)
 

     

 

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