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2011年4月

野山も里も 見わたすかぎり

 4月12日 (火)  快晴

朝から快晴。JR二条駅からお迎えバスに乗って、ゼミナールハウスの桜ツワーに参加しました。

初日は美山を廻ります。自然文化村周辺は山裾に雪を見ました。そんなに寒かった今年のサクラはまだ蕾でした。

でもでも、霞んだ山にぽつぽつとまたふわっとコブシが咲いています。本当はタムシバだそうですが、あえてコブシと言わせて下さい。コブシの方が似合うじゃないでしょうか?

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かやぶきの里から30分ほど走った所の、長谷運動公園のサクラはほらこんなに咲いていました。

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そこからまた30分ほど大野に向かって走ります。「咲いてる咲いてる^^」大野ダムのサクラです。毎年盛大に行なわれる「サクラ祭り」は中止されましたが、由良川沿いにほ~らこんなにきれいに咲いていました。

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大野ダムをサヨナラして、夕方の神楽坂トンネルを抜けて日吉ダム温泉に向かいます。

沿道のサクラもほぼ満開でした。入浴時間が短くて黄昏のダムの写真は撮れませんでした。

 

4月13日 (水) 快晴

ゼミナールハウスの本館よりさらに高くにある別館からきらきらと霜の光る肌寒い早朝、弓削の集落が眩しく見えます。

今日の講座は、府立植物園名誉園長で府立大学客員教授の松谷茂氏とご一緒に巡るのであります。氏は京都植物園の来客数を日本一にされた素晴らしい園長さんだそうです。

園長に就任されて以来、税金で運営される植物園の価値を一人でも多くの府民の皆様に還元するため、「生きた植物を生かしたまま後世に伝え残し続ける」という植物園本来の機能であるアカデミックさを基盤としつつ、エンタテイメントとの両立を図り、見ごろの植物情報の提供や園内ガイド、各種講演会などで植物園の魅力を広く発信されるなど様々な新たな取組みに鋭意邁進されてきました。そういった取組みの成果により、入園者数がここ4年間連続で70万人台で毎年増加、公立の総合植物園では全国一位の入園者数を達成。また、昨年11月には、天皇皇后両陛下の行幸啓を賜るという栄誉に浴することができました。

「ほほ、すごいイケメン先生」であります。

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野生のサクラは春の訪れを告げる花とともに、農業社会の一年を予告し、啓示する神秘の花。サクラのサはサナエ(早苗)のサに通じ、ラクはタカミクラ(高御座)のラクのように神が依り鎮まる座を意味しており、サクラは古代の農民にとって神の依り代であり、農民の信仰の対象となったといわれている。

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弓削の福徳寺の樹齢360年のエドヒガンサクラ。

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上、常照皇寺も、下、黒田の百年桜もまだ蕾でした。ブランドのサクラはもちろん其れなりにいいですが、大方の名もない山サクラの健気さがより好きであります。

初夏のような陽射しをうけて母校周山中学校のサクラはバスの窓から見る限りは満開のようでありました。卒業式の日、思ってみなかった右総代の名を呼ばれたM子ちゃんは、お行儀よく茣蓙に座っていたのか、名を呼ばれても足の痺れがきつくて全然立てなかった。そのうちに生徒達のざわめきが起こり出した。10分位たったかしら、痺れた足を両手で持ち上げて一歩一歩進んで校長先生の前に立った。本校の生徒さんたちから拍手が沸いた。私ら分校の子はみな涙を流して喜んだ。そんなことを思い出しながら、周中の桜を眺めました。

卯滝口から下熊田の宝泉寺に着きました。ここはカキツバタで有名お寺ですが、鹿の被害でさっぱりだそうです。回りは一面の水仙が咲き乱れています。ここのエドヒガンサクラも3分咲きかな。

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可愛いお座布団に座って、坊守りさんが、生姜の効いたあつあつの甘酒をお接待して下さいました。美味しいぃ。

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山道からぱっと明るい大堰川に出て宇津峡公園に着きました。ここの寒緋サクラは松谷先生お気に入りのサクラという事で先生も少し興奮していられます。

この紅色の寒緋サクラの特質は下向きに釣鐘のように花を付ける。写真の状態でめいっぱい開花しているとのこと。そして散り際はひらひらと舞うのでなく、椿のようにそのまんまポトッと落ちるのが特徴だといわれます。

ここでよそ者が多く喋ることは失礼に当たります。Uさんの本拠地でありますから。それにしても宇津は何処もサクラサクラで華やかであります。堤防も若木とはいえ並木をなしています。気温もたぶん京北の何処よりも暖かいのかも判りませんし、また住民が一体になってサクラに関心深く、未来に向けやさしく見守っていられるように感じました。

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桜漫遊のラストは枝垂れサクラと吊り橋のある魚ヶ淵に着きました。

「や~きれい!よう咲いてるわ~」 真っ青な空と見事なサクラと吊り橋。絵になるナ・・・ 

吊り橋の真ん中で集合記念撮影だって。「誰が揺らすの?」「重量オーバーよネ?」などなど、賑やかなおばさんたちで、サクラさんも笑っているようでありました。

二つの池

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4月5日  快晴

上高野で用事をすませて、わが足はコブシの並木を通って宝ヶ池公園に向かいました。

真っ青の空のした、るんるん気分で公園をひとり占め?贅沢やわ(◎´∀`)タンポポの芝生、ユキヤナギやレンギョウの咲く広い公園に散歩している人はほんの2.3人です。

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比叡山を借景に宝が池公園の桜。ここを右に行き丸い橋を渡ると宝が池にでます。

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周囲1.8kmの宝が池は江戸中期にため池として作られたそうです。また国立京都国際会館は、1966年わが国唯一の国立による国際会議場としてオープンしました。

渡り鳥が帰ったこの時期の池は静かで、周囲の桜もまだ咲き始めです。私がのんびり一周する間に、部活の同じ生徒さんに2度も越されました。

ボート乗り場の近くで持参のおにぎりと茹で卵のお昼をすませてぼちぼち次の目的地に向かいましょうか。

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宝が池をあとにして道なりに行くと歩道と車道が分かれて私は下の急坂の歩道を行きます。大きなカーブを下っていくと 松ヶ崎の町並に出ます。

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車道と合流点近くにこんな看板を見つけました。夏の五山の送り火の「妙法」の点火場所なのですね。地図には「西山135m」と書いています。フェンスに顔をくっ付けて山の上を見ました。「なるほど!」 ?

松が崎の住宅街を 山を沿うように30分ほど歩くと、ミステリーとジュンサイで有名な深泥池に着きました。

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この池は10数万年の歴史のなかで鎮座しているそうで日本でも1、2を争う古い池だとか。池の淵は黒い泥土が見えますが水は澄んでいるようです。

あっ!咲いてる咲いてる、これが見たくて来たんよ♪ 泥池に咲くミツガシワ(ミツガシワ科)の白い花です。

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ここ深泥池は、氷河期の生き残り(残存植物)と考えられ、これらを含む水生植物は1927(昭和2年)に国の天然記念物に指定されている。

南淵から西淵へ、ミツガシワの咲く池側の道は狭くて車の出会いもままなりません。神秘な浮島を撮りたいのですが危なくて無理でした。

昔からこわーい場所として名が知られていますが、西側にはびっしち住宅も建っていますし、昼下がりの今ごろは桜も3分咲きで穏やかです。もちろん、宝が池方面や病院側はそれとのう・・・って感じがしないでもないですが・・・。

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二つの池を久ぶりに周り心地よい疲れでした。初夏にはカキツバタを見に来ようか、そして秋のサワキキョウにも会いたいな。

一点の雲もなく、まもなく咲き競う花の匂う極上の一日でありました。

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