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2011年5月

ツツジと 薔薇と

 5月18日 (水) 晴れ

葛城山に行ってきました。

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葛城山ロープウェイ山上駅からとことこ歩きます。婿洗いの池とかの立て札がありますが先を急ぎますので直進します。20分ほど登ると小高い所が山頂のようです。

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あの辺りが奈良盆地かな?こちら方面は大阪平野かな?お天気が良すぎて霞んでいます。笹の枯れた山肌はつるんつるんと滑ります。本道に戻り、ツツジツツジは何処??と急ぎます。ほんの5分ぐらいであるわあるわ真っ赤に燃えるように咲いていました。

あちこちに観賞用の床がもうけてあり、何処も人盛り。帰りのロープウェイは1時間待ちでした。 見えた!天香具山、耳成山、畝傍山、の3つの山がぽこぽこぽこと・・・。

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 5月20日 (金) 快晴

 今日はぐっとクラシックに・・・

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                                 ( ヨハンシュトラウス )

           

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 以前にHさんのブログで、中ノ島のばら園のことを知りました。「行って見たい」 私の気持ちを忘れずに、ばらの様子を数回知らせて下さいました。

ワルツを踊る乙女たち、古典をよむ貴婦人たち、おお、バラ園は甘い香りで噎せるよう~、

川べりでそよぐ風に吹かれ、どれにしょうかな?と迷って、マンゴのソフトクリームにきめた、美味しい~

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中ノ島、北浜をふらふら歩き京阪の京橋に。ほほほ、これを買いました。たこ焼きです。

特急は空いていました。食欲を抑えるとよくありません???ぱくり・・・お、山の芋とお葱がいっぱい入って・・・ 窓の外、ここはどこかな?はや竹田、ご馳走さまでした。

                

                加藤登紀子の歌大好きです。

              小さな家とキャンパス ほかに何もない

               貧しい絵かきが 女優に恋をした

              大好きなあの人に バラの花をあげたい

               ある日街中のバラを買いました

           

         百万本のバラの花を あなたにあなたにあなたにあげる

         窓から窓から見える広場を真っ赤なバラでうめつくした

                  

                       百万本のバラ  日本語詞 加藤登紀子 

         バラの写真はすべて大阪中ノ島バラ園で写しました。

                        

                   

            

            

       

            

                        

 

            

      

               

雨ふる京都御苑の森

 4月12日 (木) 雨のち曇り

今日で3日続きの雨。少し余暇が出来たので、さあ何処に行こうかな?「そうだ、御所に行こう・・・」

明るいピンクの傘をさして今出川門から入りました。振り返ると同志社から相国寺まで一直線に見えます。すぐ右に藤の花房が雫を含んで垂れていますが、高くて撮れないな。

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春の一般公開はとっくに終わっています。きょうは雨を楽しみながら築地塀の外、御苑の花を見ながら回ります。

朔平門まえで、右に行こうか左にしょうかちょっと迷います。左に行けば中山邸跡や祐(さち)の井を経て京都迎賓館のほうに。

明治天皇は幼少時を京都で過ごされ、のちに東京へ移られてからも望郷の思いは強く、その間にも京都をうたわれた歌は実に多い。天皇が降誕された産屋は現在も御苑内北部に保存されている。ここは中山忠能郷の屋敷跡にあたる。天皇は嘉永五年(1852)九月この邸内で降誕されたが、産屋は六畳二室からなる簡素な建物で、ここで四年間養育を受けられた。翌六年の夏、邸内の井戸がみな枯れたとき、新たな井戸が掘られた。この井戸は天皇の幼名祐宮(さちのみや)に因んで祐井と名つけられた。天皇は後年「故郷井」と題し、 わがために汲みつとききし祐の井の水は今なほなつかしきかな と述懐されている。 竹村俊則 書

雨脚がきつくなってきたから、とりあえず右に曲がって児童公園そばの木の休憩所で雨宿りをします。

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雨は止みそうで止まない。それでもカメラを向けている私と同じようなひとが3,5人はいられます。

建礼門前に広がる巨大な松林にこんな鮮やかな松の花が咲いていました。各所に風格のある巨木ばかりで歴史を偲ばせます。

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雨は止みませんがそれほどでもなく、気ままな散策が続きます。蛤御門前を過ぎて、出水の小川につきました。いつもは子供たちで賑わっていますが今日は私だけ。

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サトサクラの花が僅かに残っていますが、びしょ濡れで痛々しいな。

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ありました!今日の目的のひとつの白い小花で、名まえはわかりません。片手に傘、片手でシャッターを押すのですが出来上がりはご覧の通りで、がっかり!

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さらに進むと閑院宮邸跡に。ここは無料公開されていましたからお庭だけ拝見しました。18世紀中頃の遺構をもとにした池と州浜。

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雨はきれいに上がりました。丸太町通りに面した九條邸跡、拾翠(しゅうすい)亭九條池でこんな姿に出会いました。

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堺町御門まえの鷹司邸跡のナツミカンの黄色が爽やかです。雲の晴れまから東山が見え隠れします。富小路広場では一面のシロツメクサ絨緞が・・・。

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ここまでで御苑の西側半分を歩き約10000万歩です。ああ お腹空いたな。

富小路休憩所でお昼にしましょう。美味しそうなおでんと狸うどんを頂きました。仕上げにぐっと一杯欲しい処ですが・・・

足も張ってきましたから今日はここまでにします。

  

   

ゆく春に

 4月22日 (金) 曇りのち雨

御室仁和寺に行き遅咲きのサクラを見てきました。

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満開です。数ある仁和寺のサクラのなかでもこのサクラに会わなければ・・・

御衣黄(ギョイコウ」桜です。

江戸時代に、京都の仁和寺で栽培されたのがはじまりと言われている。「御衣黄」という名前は江戸時代中期から見られその由来は貴族の衣服の萌黄色に近いため。古くは「黄桜」

花びらが白から淡い緑色で次第に赤みをおびてきます。散るころにはかなり赤くなるようです。

自由じだいに花びらをなびかせながらも気品高く艶やかに、舞うように咲いていました。

貴婦人のようにも、いやはや白拍子の姿かも・・・。

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 4月24日 (日) 晴れのち雷のち晴れ

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朝から晴れていたのに、いきなりぱらぱらぱらと10分ほど雹が降った。かと思うとうそのように晴れあがり、気まぐれなお天気である。  写真は雨上がりの堀の様子。

 

 4月27日 (水) 曇り  4月28日 (木)  晴れときどき曇り

きょうとあすは山の分校の同窓会です。隔年で泊まりと日帰りが交互で集うのが恒例になっています。泊まりの年は男子殿が当番で、日帰りの年は女子さまの当番です。今年の参加者は10人で内訳は6.4でありました。来れなかった10人は車椅子の生活がやっとの友、大切な人の介護に明け暮れている友、趣味の教室の師匠で手が空かない友など、悲喜こもごもでかんばっています。

雨の予報が出ていました。にもかかわらず2日とも一滴の雨にも会わず皆さまご機嫌さん。

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島巡りに乗り合い船に乗るつもりでしたが、男子殿の交渉成立で、小さな個人船を貸切で出していただくことになりました。ラッキーだね!

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操縦もガイドもひとりで、なかなかの名調子でした。あとにこの船長さんが紹介して下さった食堂の海鮮寿司の美味しかったこと。それに鮫の干物が最高に生ける!これだけで鳥羽に来た値打ちが2倍にも3倍にも上がったように思いました。食いしん坊だね!

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新婚間なしのころに登った志摩半島の朝熊ヶ岳(550m)を仰ぎ見る。若かったな♪ 

若いころといえば、映画『潮騒』の舞台になった神島は鳥羽港と一日4便の市営定期船で結ばれているそうです。映画では「歌島」となっていた「神島」はツンとした三角形の島で、よく見えました。主人公・新治が炎を飛び越えて初江を抱擁する、クライマックスシーンが思い出されます・・・。

鳥羽駅から送迎バスで30分、海女の宿、相差温泉に着きました。

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ゴーと風の強い日です。浜辺一面に淡紫の花が・・・名まえは判りません。

カラオケ設備もない小さな宿で、わたし達にはびったりです。座敷での宴会後は女子さまの部屋にみんなが集まり、ハイボール党ビール党宜しく深夜まで、老人の性やハルンケアの話題で盛り上がった。潮騒の止むことなく志摩の夜は更けていきました。

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