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2011年6月

雨月に花の寺へ

  6月15日 (水) くもり

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水彩画を習いはじめて1年あまり。来週からのアトリエ展に私のちっちゃな絵も端っこに並べてくださるそうです。どきどき・・・だから今日は寺町に額縁を買いに来ました。

ど・れ・に・しょうかな?はい、これとこれにします。モスグリーンと木目の2つを選びました。お店の方が下手な絵を額に入れてくださいました。「よく合っていますよ。パットを入れて当日画廊までお届けますから」と。「ありがとう」(゚▽゚*)というわけで初めての買い物をし、心も軽やかにお店をでました。

そして足は自然にこちらに・・・『築地』です。 (写真は築地の2階) 空いていたから何時もの席に。若いころ、激しかった気持ちをいつもここでジョウカしてた・・・かな? 

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築地をでてバス停に着くとすぐに来た「苔寺太秦映画村」行きに乗るが??(私は西向きに行くんだけど)何で四条大橋を渡るの?そこから川端通りを三条まで北上してまたまた鴨川を渡り、なんや、また河原町にでます。市役所前で左折御池通りでやっと西方に向かいます。二条駅前で千本通りに。丸太町で左折し一直線に円町を過ぎ花園駅直前で左折して花園駅裏(南側)に。わたしはここで下車。あとはどのようにして苔寺に向かうのか、ちょっと興味がないわけではないが・・・。

わあ~こんなに長く乗ったのに定額なんて!すごいな京都バスヽ(´▽`)/

この季節の定期便のようにして、やっぱり今年も訪ねました。花のお寺法金剛院です。

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            一日花のナツツバキ  夕方にはぽとりと淋しげに・・・

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庭園の奥まった所に 「青女の滝」 があります。 日本で最古(平安時代)の人工の滝だそうです。

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               すぐ横に 待賢門院堀河の歌碑が。

長からむ心も知らず黒髪の 乱れて今朝は物をこそ思へ 百人一首 80番 

末永くかわらない心かどうかわかりません。今朝は乱れた黒髪のように心が乱れ、思い悩んでいます。

法金剛院と待賢門院(藤原璋子)

平安時代の末、1130年、鳥羽天皇の中宮・待賢門院(たいけんもんいん)が天安寺を復興し、「法金剛院」とされた。当寺は関西で有数の花の寺として有名である。待
賢門院は41歳の時、この寺で落飾し、その3年後、44歳で他界された。待賢門院は第75代崇徳天皇、第77代後白河天皇の母。待賢門院が他界した10年後に保元の乱が起き、崇徳・後白河の兄弟は対立する。 


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        ルリヤナギ(瑠璃柳)と コンロウバイ(紺蝋梅)

ルリヤナギって、きれいな名前ですね。うす紫色の小さな花が下向きにかたまって咲いています。葉が柳に似ているからかしら?

あれ?池の淵の片陰にこん(紺)なお花が、何だろう??お寺の方に尋ねてみました。コンロウバイというそうです。毎年来ているのに、お花が咲いていないと気づかなかったのかな。色が何とも云えない深紫の大人の色でしょうか、香りはお正月に咲く黄色い蝋梅のように濃くはありません。仄かに仄かに・・・

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        すぐ近く風の道に、ナナカマドの蕾が清々と。

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         アジサイ(紫陽花)

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 クチナシ(梔子)の花もこれから・・・花の真ん中、ふふ何に見えます?

             蛸に見えませんか?

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        開きはじめた菩提樹の花、さやさやと。

シューベルトの歌曲に歌われる菩提樹(リンデンバウム)はセイヨウシナノキでこの菩提樹とは異なるとか。

ここ花の寺は、蓮のお寺と云われています。世界中の蓮を集め、苑の池や鉢に植えられています。今日ではまだ少し早かったようで、次の楽しみにしておきます。

お花に見とれて庭園を2周しました。からっと晴れた日もいいですが、湿潤なこの時期なればこその瑞々しい青葉や苔の匂いにこころが和むひと時が過ごせました。

            

百合の谷から日吉への道

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   (雨に濡れる桐の花)

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 5月28日 (土) 小雨のち曇り

里の用事が終わって帰ろうとしたら、近くの中学の恩師にひょっこり出会ってお宅に伺いました。

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  (田圃に放されるまで近くの池にいる鴨の雛)

先生は鴨農法(正しい名前でないかも)による無農薬のお米を作っていられます。

とうに80歳を過ぎていられますが、日夜研究し試行錯誤しながら農業を楽しまれています。さすが理科の先生ですね。

写真の鴨とアヒルの雛を1反に10羽の割合で、田植えから半月~1ヶ月の間に田圃に放されるそうです。むかしは田植えのあと、梅雨の最中の一番草、じりじり照りつけ灼熱の下での二番草、三番草取りが農家の人を極度に疲労させたようでした。

鴨は害虫や草を食べて稲とともに成長していく。鶏卵より大き目の玉子も産む。こうして双方が目出度しめでたしで、無農薬の特別美味しいお米になるそうです。

鷹や動物から守るネット張りが遅れているのか、「雨が続いて田圃にネットが張れていなくてね」、もう2,3日で鴨を放すそうです。

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小雨も止むころ「日吉ダムに行こうか?」嬉しいこと云って下さいました。間をあけず「行きたい!」昔、遠足で百合の谷や梅の木谷を越えて吊り橋を渡り2時間ほど歩いて行ったのに、今は車でひとっ走りです。

この二つの谷には山田があってイバナシや木イチゴ採りに沢蟹も缶にいっぱい捕れました。。松茸山もここから登った懐かしい谷です。

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ダムに着きました。うむうむ、先日新聞で見たところに急ぎます。「どこへいくの~?」「こっちこっち」

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スプリングスひよしの建物から程近い山の辺に小さな池があります。「あった!」 ほ~ら、幾つも垂れ下がった枝に、モリアオガエルの卵塊が。シュークリームのようなふわふわの泡。数えたら20個ばかり下っていました。子供のころは毎年近くの池で見ましたが、ほんとに久ぶりでした。

アレから2週間ちかく経ちました。そろそろ孵化が始まるだろうに。孵化したオタマジャクシは、雨に流されて水に落ちる。と子供のころに聞かされた。池ではイモリやフナが待っている、何匹が蛙に成長するだろうか?どこも厳しい世界ですね。

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そして、日本でここだけ、という『インフォギヤラリー』も見学してきました。

高さ7メートル、幅7メートルのダムの中の空間で、ダムが出来るまでを展示しています。昔の集落別にダムに沈んだ家々の名前が風景とともに掲げられています。世木分校には2回遠足に行った、懐かしい風景を見て胸がつまる思いでした。

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さわさわとクリンソウ咲く谷へ

 5月25日 (水)  快晴 

きょうは雨のあとの五月晴れ、愛宕山近くへクリンソウを見に行こうと誘って下さったFさんと、そのお友だち2人と4人でいざ出発です。

細野の愛宕道から入ってすぐ、ひんやりとした山あいに「SAN SOU愛宕道」がありました。ドライバーさんのお知り合いのペンションだそうです。知的で粋なママ様の「どうぞどうぞ」のお言葉に甘えて、北山杉の風情あるロビーに上がらせて頂き、あたたかなおもてなしを受けました。。窓からは田尻川のさらさら流れる絵画のような佇まいに、これからいくクリンソウのことも忘れて感激にしたっていました。

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話にきく、ウジウジ峠の地道を車はゆっくりと進みます。倒木で車すれすれの箇所があり、ワゴン車だったらかするかも。100点満点のドライバーさんのお陰で30分ほどで首無し地蔵の駐車場に到着です。

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はじめて見たマムシソウ。茎の部分が何かぞくっときます。

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そこから10分ほどぐちゃぐちゃの汁い道を下ると見えました。クリンソウですヽ(´▽`)/

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さらさらさらさらあるかなしかの音が何とも心地よい。細い丸木橋?右に左にと水を渡りながらクリンソウから目が離せない。山の回覧板はどうして廻るのかな?大勢の登山者で賑わっている。

落ち葉の敷き詰めたなだらかな傾面で、クリンソウを眺めながらお弁当をいただきました。料理上手のZさんは鯛飯とだし巻き。Zさんは魚屋さんになりたかったらしい。道理でお手製の鯛めしの美味しいこと。Mさんからはパプリカの味煮を頂いた。作り方も教わった。わたしは山用巻き寿司をくるくると巻いてきました。山で食べるのは最高に美味しいな。 

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クリンソウと別れ芦見谷の源流辺りの広々とした雑木林はとても素敵。規律がある様でないような間をとって高く伸びる雑木。温かみのある明るい空間でした。そこの道なき急坂を登るを、ぱっと視界が広がります。右方には比叡山かな?真ん中の赤土の所は先ほどの駐車場のようです。

竜ヶ岳や地蔵山にもっとも近いところにいるのかな?一度来てみたかったところ。

馬酔木の多い気持ちのよい稜線をしばらく歩き、あと杖を頼りに下っていきくと、そっか!ここに出るの?首無し地蔵まえに出ました。

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駐車場からの展望もいいです。

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松尾の辺りから桂方面でしょうか?蛇行する桂川が鈍く光っています。

帰りは舗装された道を高雄に向かって降りられます。ピンク色のウツギや、ヤマボウシ、野イチゴの白い花が点々と。水の音が聞こえてきたらまもなく高雄です。

朝の「SAN SOU愛宕道」の嬉しいサプライズもあり、お天気も後押ししてくれた最高の日でありました。穏やかで腕のいいドライバーさんに改めまして感謝感謝であります。ありがとう (*゚▽゚)ノ ございました。

* 遠いむかし、高校の時、体育の授業で越畑スキー場に行きました。スキー場から廻り池の向こうK村が見えました。

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越畑のスキー場は戦後1960年(昭和35)ごろもまだ残っていましたが近年はあまり雪が降らず年間2、3度しか利用できなくなってきたので廃止されたようです。

スキー場を降りたところは芦見峠ではなかったかしら?

(写真は越畑スキー場から見た廻り池とK村。55年前の風景ですが、なーも見えないです・・・。)

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