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2011年10月

いにしえに思う

      10月9日 (日) 快晴

 爽やかな秋の日、ウッデイ京北近くから桂川にそって上流に約4kmほど、途中宝光寺を見、稲荷神社に寄り大堰川べりを散策しながら山国神社に向かいます。     

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 のぞかにコスモスが揺れる向うに幟が見えてきました。山国神社のお祭行列です。

 山国神社は、わらべ話の「いなばの白兎」にある大国主命が祀ってあり、今から1230年ほど前に建てられ、延喜式明神帳に明記された式内社として、由緒あるお宮さんです。

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 映画のシーンのような、タイムスリップしたような、静かな光景・・・

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 見物客の脇をくぐりぬけて祭礼を見る。

 ご当地山国荘、北桑田郡山国村(現・京都市右京区京北町)は平安京造都の木材を供給した伝承をもつため古くより皇室との関係が深いゆえ、山国郷、山国隊の歴史は数々あれど、この地で「おぎゃー」とご生誕なされたF様がいらっしゃいます。無知のわたしの出る幕ではないのでポイッと飛ばせていただきます。

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 真っ青な高いそら、緑の森からお神楽の聴こえる近くの土手に足をのばしてお弁当を頂く。中身は鯖すしとお稲荷さん、それに松茸ご飯、まだあるの、合鴨と根菜のお汁。「美味しい」(*゚▽゚)ノの何の・・・頤が落ちるほどでした。郷土の名産の屋台も多く出ていて楽しめました。

 

      10月11日 (月) 体育の日 快晴

 周山城は、京都市右京区京北にある。標高509、4㍍の黒尾山より東に延びる尾根上の標高480㍍を中心とした支尾根上に構成される。通称「城山」と呼ばれ、地元にも認識された遺構である。また黒尾山と「城山」の間には「西の城」あるいは「土の城」と呼ばれる城郭遺構がある。

中世京都は日本の都として発展した都市であり、日本各地から物資が運搬された。周山が日本海側や京都北部の物資運搬の中継点として、京都への物資運搬の重要な場所であったことが確認できる。このように、交通や流通の要であることが、中世に周山城を構築した要因であろう。 (高橋先生の文章から抜擢させて頂きました。)

 

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 今日は周山城址を見る。山城研究家高橋成計先生の講義のあと、バスで下熊田に着き、檜や北山杉の中を登りはじめる。 

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 昼食時に美山町の小畑先生から、鯖の『なれ寿司』を頂きました。初めての味です。これはクマザサと鯖と藁を醗酵させて作る、手間のかかったお寿司だそうです。    

 そのあと輪になって、参加者の自己紹介です。 

 さあ、城址を目指して頑張ろう・・・ここで林道と、黒尾山登山道に分かれ、私は右、黒尾山に挑戦しました。急な坂道で本音、「もうダメか」と思うほどきつかったです。                                            

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 周山城址につきました。明智光秀が宇津氏を滅ぼし、築城した総石垣作りのお城たったそうです。

 石垣はかなり崩れていますが、相当量の石が使われたようです。それにしてもこんなに見事に残っているのにびっくりしました。思いの他広いです。ああここに幻の天守閣と光秀の姿が見えるようでありました。

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  帰りの細い下り坂は、足元の一点を見て滑らないように気をつけます。それでも一度転びました。鉄塔辺りに咲く花、名前はわかりませんが瞬間ほっと癒されます。

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 城址近くで偶然出会った歴史にことの他詳しいT先生とG様、颯爽と・・・

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 所どころに咲いていた、ヤマシャクヤクが目を楽しませてくれました。

どうにかこうにか、周山の町まで下って来れました。万歳 万歳 (◎´∀`)ノ です。

      

      

      

      

      

      

                          

     

          

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