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2012年1月

あらざらむ・・・丹波ゆかりの歌人

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 『小倉百人一首』のかるた遊びは、小学3年生ごろのお正月からしていたように思います。

最初は坊主めくりでしたが、次第に散らし取りなどを覚えるようになり、5、6年生ごろからトランプを抜いて、お正月一番の遊びとなりました。

 今年1月1日、わが町の新聞にこんな記事が載っていてびっくり!それは、百人一首に丹波ゆかりの歌人が六人も選ばれていると記してあったからです。

 情熱の歌人と云われている和泉式部は、最初の夫・橘道貞との間に設けた娘・小式部内侍(こしきぶないし)のゆかりの地が、亀岡市東別院小泉で、一説では「小泉」の地名はふたりの名前から付けられたとも言われているそうです。

 ここ鄙びた小泉に清泉寺というお寺があります。粉雪の舞う寒い日に私も飛んで行ってきました。

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                  清泉寺

 住職様はお留守でしたが、勝手に「おめでとうございます、小式部の塔を見せて下さいませ」と言いつつ境内をきょろきょろ見て回りました。(門も寺表もない) 屋根瓦に、「清泉」の文字が見え、間違いなくここが清泉寺です。

 昔、小泉村の夫婦が、北野天神へ子どもを授かるようお願いに参り、天神のお告げで七日七夜清水の観音に参ると、観音のお告げがあり、北野七本松で女子を拾い、家で養育しました。その子はすばらしい才能の持主でした。

 ある夜、宿を求めた旅の女を招きいれると、それは和泉式部で、式部は御所の庭の五葉の松を歌で生き返らせることが出来ず、筑紫に流されていましたが、都に帰る途中山越えにしのんできたのですが日が暮れたと云う事でした。

 その夜、式部は七歳の女の子の才に驚き、詳しく聞けば自分の捨てた子と判り、翌日4人揃って都に向かいました。途中北野天神に参り、額のほととぎすを見て、和泉式部は歌で鳴かせようとしましたが鳴かず、小式部が詠むと、ほととぎすは四声五声鳴きました。その足で御所へまいり、再び歌で松を再生させたいと願い、許されましたので、小式部が詠むと、大地が動き、枯れて年久しい松が若芽を出したということです。

 小式部も母、和泉式部と同じように上東門院に仕えましたが、26歳の若さでなくなりました。母は悲しみ、ゆかりの小泉村へ葬ったといわれ、塚を作り傍に清泉寺を建てたのだそうです。

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            文字は風化?してか、全くわかりません。

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   こちらの塔は新しいですが、文字はなく、凡字のようなものが書かれています。

       どちらのが宝篋印塔(ほうきょういんとう)か、私にはわからないです。

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                称名寺

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        称名寺の和泉式部のお墓の凡字。清泉寺のと似てますね。

 母、和泉式部のお墓も、元は小泉にあったそうですが、戦乱の時(何時のかな?)にこわされて、今は亀岡市西竪町の称名寺にあります。

 家から15分ほどの称名寺も訪ねてきました。「いや~、ハンサムな住職様やわ」。まだ30歳位の若い住職様の説明によりますと、お寺の建立は約370年前で和泉式部のお墓が何時こちらに移されたかは定かでないそうですが、苔むし凡字が微かに見えるほどでしたから、相当、歳月が経っているようです。中には和泉式部の髪の毛が入っていると伝えられているそうです。このお寺は除夜の鐘も突かれます。全く知らなかったわ^^

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 後の4歌人の、前中納言匡房(さきのちゅうなごんまさふさ)は幼少のころから文才があったといわれ、16歳の若さで省試に合格。翌年(1056)二月に丹波椽に任命された。

 三十六歌仙の1人凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)は延喜7年(907)正月に丹波権大目に任ぜられた。

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 源宗干朝臣(みなもとのむめゆきあそん)は、光考天皇の孫で寛平6年(894)に源姓を賜予されて臣籍降下し、寛平8年正月に丹波権守になった。

 参議等(さんぎひとし)は嵯峨天皇の曾孫で延喜12年(912)に丹波守になった。

 国司には、守(かみ)、介(すけ)、掾(じょう)、目(さかん)の4等官がある。大国であった丹波には、さらに、権守、権介、権掾、権目が置かれていた。 

              (亀岡市民新聞・亀岡百景から引用しました。)

         守・一国の長。  介・地方官。   掾・三等官。   目・四等官。

          さらに 権は権力のある官位。   (和漢辞典で調べました。)

     

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                        近所に咲く 香り花 ・ ロウバイ      

               

           百人一首がより親しく楽しめるように思いました (゚▽゚*)

                    

年の初めに

                 

           あけまして おめでとうございます.

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 初詣は氏神様(鍬山神社)と亀岡市曽我部町、西国21番札所 菩提山穴太寺(あなおじ) そうそう、お布団を被って寝ていらっしゃる仏様で有名なお寺の福給会(ふくたばえ)にいって参りました。

 「ふくたばえ」とは穴太寺に300年続く伝統のお正月行事。本堂の前に作られた高い舞台から3千枚の福札を団扇であおいで撒かれます。        

 そのなかに3枚の赤札と33枚の当たりくじがあるそうで。                 梅ノ木に登る人、あれあれ灯篭に登ってる人・・・私も辛うじて1枚拾いましたが、ハズレでした。 残念 (゚ー゚;   でも、そっと財布に入れておきました。楽しい年でありますように。

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 お布団をめくって、自分の痛むところをそっと撫でると治るそうです。やさしい仏様ですね。

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                 本年もよろしくお願いいたします。   

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