« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

ボタン

 "立てば芍薬座れば牡丹"のボタンではなく、アツアツの牡丹鍋のボタンでもない、今日は止め具のボタンの話です。

 ええ!ボタンの話ってあるのかな~、何か地味でしょう(*´σー`)

                

     012

 真冬、誰もいないとき、自分の城で小布を広げたり、古毛糸で思いつくままにざくざく編んだり、宝物のようにしている(宝石を持たないから)釦を綴じたりするのが大好き、むかしから・・・。

 釦は「あきをとめる」として服や袋の口を閉める、無くてはならない物ですが、これが話題にあがることはめったにないように思う。ほんのたまに昔はお窓が開けっぱなしの方もいらっしゃいましたけれど・・・?いまはファスナーに替わり、釦のついたズボンはないのでしょうか?

 メダカは不要になった服の釦をぷちっと切り取って(トップの写真)布に綴じて集めています。それらの釦は必要に応じてまた生まれ変わります。

 ボタンの語源は、古代ゲルマ語(boton ボタン) 古代ラテン語(bottreボタール) 日本語として使われている「ボタン」という名称はポルトガル語の(botaoボタン)から変化したものといわれる。

 衣服にボタンが使用されたのは13世紀からで、それ以前の服はほとんど紐が使われていた。 当時のボタンは金、銀、宝石を使った高価なもので、男性の地位を象徴するものとして、また衣服の飾りとして使われていた。

 婦人の服装に現在のボタンが使われだしたのは19世紀のことで、これは婦人がテーラード服を着始めることによる。

 材料は、金属、骨、竹、角、蹄、貝がら、陶器、革などですが現在は合成樹脂製が多い。

 主にワイシャツなどに付いているのは「貝ボタン」でこれには真珠貝、サザエ、アワビ、タニシなどの貝がらを形にくりぬき磨いて作る。

 ほかに、革などで包んだ「くるみボタン」や絹の紐を結んだ「チャイナボタン」、釣りの浮の形に似た棒状の「トックルボタン」などがあります。  (被服史より)

     011

         メダカの宝物のボタンも金属や革や角製品もあります。

     006

        貝ボタンばかり綴じています。必要なとき1つずつ取って使います。

 

 11月22日は「ボタンの日」だそうです。 男子の制服の心臓に一番近いボタン(多くの場合、第2ボタン)を好きな女子に渡すという。ご経験のある方は挙手願います(笑)

     015

        そういえば息子の制服のボタンも何故か1つ無かったな?怪しい?

     001

 これはメダカ愛用の手作り アイピロー二世です。裏はガーゼ地でやさしく、すーすーとお昼寝ができます。 夜行列車で眠るときは必ず持っていきました。

     002_2

 かわいい柄の手拭があったので なべつかみ を作りました。巻いたり、つかんだり。結構便利なんですよ。

     006_2

 熱いお鍋にくるん~と巻きつけてボタンで留めるとこんな具合に・・・

 ストーブで煮物をしながら、歌を口ずさみながら、やっとこさ、古毛糸をつなぎつなぎしてベストが編みあがりました。

        001

     

 日々どうでもいいこんな事をして手を痛めているんかしら? 反省、反省!

でもどうでもいい事してる時って凄くるんるん気分ですよね(◎´∀`)ノ 

     012

  昨日の早朝は5cmばかり積雪がありましたが2、3時間で儚く消えてしまいました。

 旧暦の節分のころ咲く春の妖精セツブンソウが咲いていました。(大本古代植物園)

セツブンソウは殆どが5枚の花びらだそうですが、たまに6枚~8枚の八重もあるそうです。 

    029_2

     城址の石垣を背にマンサクも初々しく咲きはじめ、黄色いリボンが愛らしい。

                   春ですね(*゚▽゚)ノ

          メダカ婆さんの手、パソコンを打てるほど元気になりました。

              やさしいお言葉ありがとうございました。

    

    

      

 

 

ときめきの展覧会・瀬田

     007_2

 昨日は久々に瀬田に行って来ました。

 70歳にはじめたびわ湖歩き、、真剣に細やかに歩いた湖北、湖西に対して、結果を急ぐばかりに、いい加減に済ませた湖東、湖南をもう一度時間の許す限り命の続くかぎり、再び歩こうか、そんなことを考えながら瀬田を歩いてきました。実行できるか否か判りませんが・・・折角いただいた自由な余生を元気でしなやかに過ごしたい・・・、誕生月を迎えた抱負であります。

 JR瀬田駅から滋賀医科大学行きバスで新幹線も名神高速も越して約10分、文化ゾーン前で下車。 まずは目的の美術館に向かいます。ゆるやかな並木道を進むとトップの写真の図書館が見えました。

     004_2

     011

     008

 もこもこと刈り込まれた広い庭園を進むと滋賀県立近代美術館に到着。

     

     001

               小磯良平 「斉唱」 兵庫県立美術館蔵

 受付で入場券を見て胸が高鳴るのがわかります。 (写真は入場券)

 洋画家小磯良平画伯の画に逢える嬉しさでいっぱい。

 22年前、悲しみに沈んでいたとき、冷たい長い廊下に目の覚めるような人物画が掛かっていました。それが文化勲章受賞された小磯良平画伯の画(複製?)だったのです。「元気を出すんだよ」と云わんばかりに微笑んでいる様に見えたものです。そして寂しい夕方になるといつの間にか画の前にぽつんと佇んでいました。

 新聞で今回の展覧会を知ったとき、じーんと目頭が熱くなり飛び上がるばかりに嬉しかった。清楚であってつややかな潤いの画が目の前にある、興奮して時の経つもの忘れるほどでした

この展覧会は、兵庫県立美術館所蔵の洋画(日本の画家が描いた油彩画)を中心とする名品を紹介するもので、日本近代の流れ、特に関西で活躍した個性あふれる洋画家たちの多彩な活動の歴史を広く概観いたします。

 兵庫県立美術館の洋画コレクションは、兵庫県出身の小磯良平の人物画《斉唱》や、金山平三の風景画・芝居絵などに代表される数多くの名品が含まれています。本展はそれらを紹介するとともに、本多錦吉郎《羽衣天女》、安井曽太郎《巴里の縁日》、岸田劉生《樹と道自画像其四》、小出楢重《ピジャマの女》、など、日本洋画史を語る上で欠かすことのできない巨匠たちの代表作を展示し、明治時代から昭和までの洋画の歴史をたどります。また小磯良平の珍しいスケッチや、モダン都市神戸の賑わい、サーカスなどの華麗な色彩で描いた川西英の木版画、滋賀県にに関連した日本画の名品などもあわせて展示します。  (パンフレットよりお借りしました)

 それに別棟では、大津市ご出身で女性画家としては上村松園に次いで二人目の文化勲章を受章された小倉遊亀画伯の、鮮明な色彩の《胡瓜》 や《紅梅白壷》《観自在》なども鑑賞でき感激感激でしあわせ。静物画や人物画、仏さまの画も。画伯は105歳と長寿だったことも始めて知りました。

 

         014

     022

                  滋賀県立近代美術館

     023

     美術館を出てすぐ前の階段を登ると、こども広場や彫刻の道に続きます。

     026

         びわ湖の向うに比叡山、右方に雪の蓬莱山?が。写真では見えないナ・・・

     044

    図書館は休日でいっぱい。気になる本をぱらぱらと見て早々と庭園に出ます。

    この庭は、夕照の庭、というそうです。池に映る夕陽がきっときれいなんだナ。

    今、お花は何もないですが夏には蓮が咲くのかナ・・・

     043_4

    石畳のこみちを行くと、夕照庵が。

     046

       庭園の滝を見ながらお薄とおまんじゅうを頂き、ほのぼの気分で帰路に。

        びわ湖がまたおいでよ~と、たしかに聞こえた、そんなやさしい瀬田の旅でした。

             ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

        013

       009

       006

                亀岡南郷公園の雪 (2月18日)

         

     

     

     

     

      

     

     

     

 

      

                

     

     

     

雪の橋立

           045_2

          054

                       廻施橋

          055

去年の歳末に、地元の商店街で僅かな買い物をしました。  それがね、大当たりしました!

新年になって間なしに 「カニツアー・ペアーご招待券」 が送られてきたのです。 行き先は丹後の「天橋立 ホテル」 なんですって、嬉しいな~。 なになにペアーで・・・

さてさて、ダレを誘うかな???あの人はバス酔いで無理やし、かの人はカニアレルギーがあるし、かしましのひとりだけもダメ。えーと・・・なかなか人選が難しいなじゃないですか。 考えたあげく無難に弟のお嫁さんに来てもらうことにしました。

 めでたく相棒もきまり、出発日が来ました。 亀岡ガレリアからY観光バス3台140人余りの招待客です。車内で会長さんの話によると、3000人の中から72名の当選者だそうです。確率は???

 亀岡ではうす曇、雪の気なし、丹波町の辺りから雪が降りだし、和知の道の駅では短靴を越すくらいの雪景色に。 長老岳も何も見えません。

 この先再び京都縦貫自動車道で宮津に向う。丹波から丹後に。そこには格段と違う雪国が待っていました。みなそれぞれに、「何センチ位あるかな?」何年も見たことない積雪に驚くばかりでした。

     063

 超上手いドライバーさんのお陰で、目的地 「天橋立ホテル」 に到着。

            さてさて今日の お し な が き は

 かにのお刺身、かにすき、焼きがに、かに身入り茶碗蒸し、ずわいがに姿盛り、ブランド米「京の豆っこ」((丹後産)ごはんと雑炊、甘味、です。

 一押しは ずっしりと重いずわいがに姿盛り、せせるなんてじじむさいことしないで、豪快に両手で召し上がる物だそうです。足を内側に折るのがコツ! あー美味し!

今は何があっても知らないって顔々。誰もかも寡黙になるよね・・・ひとりで笑えてきました・・・辛抱してたら肩が揺れて、どうにもこうにも・・・、大真面目がまこと、苦手ですから。

     

     046

 庭に出ると橋立の松並木がまん前ですが、しんしんと降る雪でモノクロの世界です。

     056_3

                     智恩寺  山門

     059_2

      「三人よれば文殊の知恵」で親しまれている智恩寺の本堂、文殊堂。              

 ホテルからすぐの智恩寺(ちおんじ)文殊堂に、知恵をいただきにお参りしました(笑)キシッキシッと雪を踏む懐かしい音と、「こけたらアカン」と言い聞かせる危なっかしい足元と、ここに来れた嬉しい気持ちで文殊堂に参ずる。

      

     049               

                    仏涅槃図 

              文殊堂からすぐの廻旋橋に。

     058

  •  廻旋橋 -(上記写真)大橋立と小橋立を結び、橋の中央部分が90度回転する可動橋。1923年に人力で動く橋が完成し、1957から現在の電動式になった。当初は、遊覧船などの大型船を通すために橋を回転させていたが、その頻度が下がったため、2009年から船が通らないときも観光用に回転させるようになったという。
  •   
  •        ラッキー!メダカは運よく船が通り、回転するところを見ました☆
  •  時間制限で橋立はこれだけしか周れなかったけれど、帰り道に岩滝の海鮮市場によりました。今夜のおかずに出来立ての干物を少しだけ。 雪と磯の香りをおみやげに、温かなご招待に感謝。今年も地元の活性化の端っこでがんばろうかなと思いました。

         064

         084

     

           強い寒気と豪雪の地域のみなさまに、心からお見舞い申し上げます。           

  • 。            

             

     

     

             

     

    « 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »