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2012年5月

五月の風

里に通じる定期バスは新ルート「紅葉山トンネル」と「梅ノ木谷トンネル」を越えて、JR八木駅からたった15分で着きました。 子どものころ、木炭バスの時代から比べて四分の一時間という速さです。

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半曇りの空のした、そこかしこに田植機がこっとこっとと緑の線を描いていきます。

メダカはもっと近くで見たいな、と思って近寄ってみると、なんと2級上の○子さんではないですか♪  ○子さんすごーい!

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笹百合や蛍が乱舞する岩谷に通じる道。右手に入ると男の子の秘密基地がありました?

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ワラビとサルトリイバラ(村ではトッピンと云う)の葉を手に持てるだけ摘んで、遠い遠い昔のことを思いながら歩きます。

子どものころ、この辺りの田植は口郡(クチゴオリ・南桑田郡のこと)の旭や馬路から早乙女さんが来られました。白や空色の襷に手甲、脚絆は紺色でしたから他所の方だと子どもでも見分けがつきました。ちなみにK村は誰も白手甲、白脚絆でしたから。

学校は田植休みが3日~5日あって、幼児は臨時託児所にお世話になります。

小学生の私たちは山裾で岩梨や山苺採りに駆けまわっていました。会所のサイレンがお昼を告げると、子供たちは各自、田圃の近くの野小屋で早乙女さんや家族でお昼を頂きます。

田植の献立は殆どおきまりで祖母と母が早朝から煮焚きしたもので、塩辛い焼き鯖、しっこりと甘辛いわらびと生節の焚いたん、どっしりとした玉子やき、金時豆の含め煮、時には昆布巻き、それに初日はお赤飯でした。

小昼(コビル・3時のおやつのこと)はサルトリイバラの葉で包んだ塩味のお団子でした。

メダカの人生で「美味しい物」の3大食事の中の一つと云っても過言でないと今も思っています。なが~く夢に出てきました。

それはきっとその食べ物にかかわった状況が非常に印象深くて、実質以上に美味しく感じたのでしょうか?  もう65年ぐらい前のことです。

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きのう、田植だんごを作りました。自家製はやっぱり美味しいな♪自己満足満タンですね(笑)

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田植や稲刈りのとき食事を入れて運ぶ三段になった「岡持」と塗りの食器を蔵で見つけました。 

ずいぶん使われています。      

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      帰りに小学校に寄ると、ええ!見つけました! K村道路元標です。    

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                       ひめじょおんとアオスジアゲハ   (我が家の近くで)

   

   

             

 

       

   

   

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