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2013年2月

節分

  もたもたしているうちに、 「2月は逃げる 」と昔からのたとえの如し早くも中頃過ぎになりました。 

 月初めには後期高齢者の仲間入りとなり、いよいよ人生の最終段階、よくぞここまで来れたなと思うのが実感であります。

 この日、先に行くよとも云わずにいった M氏の墓前に、「お陰さまで75歳になりました。もう少しこちらで遊ばせてもらうわね」とお参りしてきました。その足で本山知恩院の節分ついな式に。    

         

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 日々の邪気を払い、無病息災を願う節分の豆まき。衆生をすくい取るという意味がこめられた知恩院七不思議のひとつの「大杓子」を年男が持ち、「福は内」の掛け声にあわせて豆がまかれます。私も体に当たるところまで進みでてお陰をいただき、帰りにはひと袋の豆も頂戴してまいりました。

 御影堂からきゅっきゅっと鳴るうぐいすばりの廊下を通って阿弥陀堂にでますと、仄かな香りの八重の白梅に春を感じつつ石段を下りていく、何々?三門の楼上にひとの姿が。「ええ!今日は三門に上がれるんや、上がりたい」。そして普段は未公開の三門に初めて上がることに。階段はつるつるで急、ロープを頼りに這ってやっと登れました。

 元和7年(1621)、徳川二代将軍秀忠公の命を受け建立されました。構造は入母屋造本瓦葺(いりもやづくりほんがわらぶき)で、高さ24メートル、横幅50メートル、屋根瓦約7万枚。その構造・規模において、わが国現存の木造建築として最大の二重門で、外に掲げられている「華頂山」の額は、大きさは畳二畳以上にもなります。

一般には寺院の門を称して「山門」と書くのに対し、知恩院の門は、「三門」と書きます。
これは、「空門(くうもん)」「無相門(むそうもん)」「無願門(むがんもん)」という、悟りに通ずる三つの解脱の境地を表わす門(三解脱門:さんげだつもん)を意味しています。

 おお、「絶景かな 絶景かな」 南禅寺じゃないですが、石川五右衛門になった気分(笑)

 楼上は撮影禁止で写真はありませんが、真正面に愛宕山のおでこがこんもり、市内中心部が見わたせ やわらかな春の風がほほをなぜます。

 風景を見てから黒い幕をそっとくぐると中には仏堂があり、椅子に掛けて係りの方の説明を聞きました。中央に釈迦牟尼仏像、脇檀には十六羅漢像が安置されている。天井には彩色豊かな天女や龍が踊り、柱から壁に至るまで様々な絵が描かれ、それはそれは華やかで極楽浄土でしょうか、でも少し薄気味悪い。

 そしてここにも七不思議のひとつがありました。それはふたつの白木の棺です。 

 棺の中は将軍家より三門造営の命をうけた大工の棟梁、五味金右衛門夫婦の自作の木像が納められています。

 彼は立派なものを造ることを心に決め、自分たちの像をきざみ命がけで三門を造りました。やがて、三門が完成しましたが、工事の予算が超過し、夫妻はその責任をとって自刃したと伝えられています。この夫婦の菩提を弔うため白木の棺に納めて現在の場所に置かれたという。

 門を出て久ぶりに円山公園に。学生のころこの辺りでヘレンケラー女史をお見かけしました事など思い出しながら、長楽館横より下河原、二年坂、産寧坂をぶらぶら歩いてみました。小腹もすいてきたから石段下で休憩、小さい小さいお店で5,6人も入れば満席。香りのいいお茶とあっさりしたおぜんざいでとても美味しかったです。

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 清水さんには上がらず、八坂の塔を経て帰ってきました。

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 2月9日   雪をのせたマンサク

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 サザンカ

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 ロウバイ

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 2月14日   シロワビスケ 

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 フクジュソウ    

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 セツブンソウ   大本古代植物園にて。

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 堀で遊ぶシラサギ  

    

    

           


                                                   

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