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敦賀へ

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 立春のころ1本の電話が入りました。

「お元気ですか、久ぶりに旅に出ませんか?」 電話の主は紛れもなく旅友だちのMさんからでした。

 15年前、「青春18きっぷ」の旅好きが5、6人集まっているから良かったらお出でよ」と声を掛けられ参加したのが始まりでした。

メンバーは高校の同窓生ですでに定年退職された方で1~7学年くらい年上の方ばかりです。

 毎年3回の「青春18きっぷ」でずい分あちこち出かけ、もう日帰りコースはなくなったね、と云って1泊になったり、たまに2泊の遠征?をしたりしているうちにひとり増え2人増えで大方10人くらいの亀團が出来ました。

 ところが、リーダーのMさん家にご不幸があったり、高齢者で出かけられないなどがあり、ここ2年ばかり遠のいていました。

 「えっ!ほんと、行きましょういきましょう」という訳で、82歳~75歳までの爺さま婆さまの「ロマンチック敦賀」行きになったとさ。

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 こんなに孝行爺のお出ましだのに、あいにく霙の降る寒い朝で車窓からの湖西の山々や早春の琵琶湖に期待をしていたのに、「本日は強風のため湖西線は通らず米原経由になります」。のアナウンスにもめげず、再会した喜びにどの顔もほころんでいました。

 敦賀は、JR駅プランの「海辺の宿・長兵衛」のふぐ会席を楽しむことで、高齢者ばかりだから観光や散策はありません。ひとえに近況を話し飲んで食べて温泉に浸かってご満足という形であります。

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  メニューは、敦賀近海の天然ふぐオンパレードで、てっさ(ふぐ刺し)、てっちり(ふぐなべ)、てっぴサラダ、ふぐしゃぶしゃぶ、ふぐ煮こごり、ふぐから揚げ、ふぐ入り茶碗蒸し、旬の地魚お刺身、鯖のへしこのお刺身、ふぐ雑炊、香の物、アイスクリーム。凄いでしょ!

 こんなに多くのふぐを食べたのは初めて。でもとてもあっさりしているから、皆さん完食されました。私は煮こごりと鯖のへしこがとても懐かしくて嬉しかったな (゚▽゚)

 ふぐの本場と云えば下関と思っていましたが、なんと下関はふぐの集積地だそうで、天然のふぐは若狭や石川辺りのが美味しいそうです。

 満腹のあと宿のバスできらめき温泉に行きました。この頃には青空も見え、車窓から白砂青松で知られる「気比の松原」を眺めました。(写真上、パンフレットから) 

 気比の松原は黒松赤松など1万7千本が生い茂る国の名勝で、静岡県の「三保の松原」、佐賀県の「虹の松原」と並ぶ日本三大松原の一つだそうです。

 きらめき温泉と敦賀大漁市場に寄って、とっぷり暮れた敦賀をあとに。ご高齢のIさんご夫妻も、「またまた老いの血潮が沸いてきた、どこでも行きますから」と、ご満悦。

 そっと支え合いながらの爺さま婆さまの旅もなかなかいいもんですねヽ(´▽`)/ 

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コメント

ささ舟さん、青春18切符ですか、懐かしい~。四国まで讃岐うどんを、大阪から金沢の近江市場へ寿司食いになど、この切符、高齢者の利用が一番多いのではないかな、なんて推測してますが(^_*)

フグ、いいっすね~、羨ましい~。ふぐしゃぶですか?私はてっちりは、切り身をしゃぶしゃぶと食べて、骨の付いた身をしゃぶるというスタイルかなと思うのですが。別鍋だったんですか?ふぐ料理といえば、ふぐ雑炊、でしょう。ふぐの出汁は最高ですね。ある関東人が道頓堀でふぐうどんを食し、そのスープの美味さに神妙な顔をしていたのを思い出します。ふぐ雑炊に比べたらカニ雑炊はあきまへん。白子が出てきませんね。それとヒレ酒も。てっさと湯引きでヒレ酒呑んで、雑炊で閉めたらそれで満足。

温泉ですが、職場にこられる温泉好きの人が、北陸トンネルで出た温泉がええで~と薦めてくれたのですが、まだ実現していません。この温泉のことなんかしら。

四国は土佐の高知出身なのに下戸やった馬場ちゃん、早く天国に行ってしまったのですが、大阪時代、彼は呑み会の翌日はいつも元気がなかったのに、初めてヒレ酒を呑んだ翌日はけろっとして元気だったのを思い出しました。天国にヒレ酒はあるんか、ヒレを持って来たきに久しぶりに呑もうぜよ、って墓参りしたくなりましたね。

pen高齢になると同級生の集まりは懐かしく楽しいものですが、また、年齢幅のあるグループも素敵でしょうねぇ。しかも、仲の良い人数がこれだけ顔を揃えられる集まりは珍しいのではないでしょうか。
冬の日本海を眺めながら、河豚料理満載で話題も満杯。皆様、しっかり“青春”されたされたことでしょう。おそらく10歳は若返られた事と思います。
それにしましても、豪勢な河豚料理ではないですか。聞いて(読んで)いるだけで唾が溜まりました。私もいつか、死ぬまでに一度はこれだけの河豚料理を食べてみたいものです!

それに、河豚もさりながら鯖のへしこもいいですねぇ。ささ舟さんも懐かしがっておられますが、へしこは若狭や敦賀の特産品とのこと。昔は若狭から行商の小母さんが、丹波の村へ塩鯖や鯖のへしこや干鰈や丸干鰯などを売りに来ました。
いわゆる「西の鯖街道」を越えて来たのでしょう。肉や魚介類の少ない山奥の村では、そんな魚でも大変な“ご馳走”でした。
―若狭よりひしこを売りに来しおうなのおろす荷物よ霰たまれる―その頃の亡父の歌です。

鯖街道(元祖)で、いつでしたか鯖寿司を買ったことがあります。最近は「西の鯖街道」が脚光を浴びて、研究する人や訪れる人も多い様です。いい事だと思います。
ただ、元網元と称する人物が、講演会で「鯖みたいな安もの魚を運ぶはずがない」などと暴言を吐くのを聞いて、唖然としたことがあります。
また、峠を研究している人が「鯖街道の名は安っぽい」と貶していました。彼らはきっと金持ちで、庶民向きの塩鯖やへしこなどを食べたことがないのでしょう。それなら「甘鯛街道」か「河豚街道」にでも変更すれば宜しいのに・・・。

などと余計な事を書いてしまいました。今回の“青春記”を拝見して、私も一度は冬の日本海へ訪れたい、との気持ちを強くさせられました。


「冬の日本海」田中冬二

北陸線の
能生(のう) 梶屋敷(かじやしき) 糸魚川(いといがは) 青海(あをみ) 親不知(おやしらず) 市振(いちぶり) 泊(とまり) 入善(にふぜん)
みんな何といふさびしい名であらう
能生は海に沿うた細長い そして魚くさい町だ
魚問屋の土間をとほして 青い海が見える
丁度スクリーンいつぱいのやうに
その青い波の上を 低くとんでゐる白い海鳥
板屋根の古い宿屋があつて
昼を海に向つた方の雨戸を 半(なかば)閉ざしてゐる
そんな昼を 心太(ところてん)の水も温(ぬる)むやうな昼を
按摩が笛を吹いてゐる
能生 梶屋敷 糸魚川 青海 親不知 市振 泊 入善
みんな なんといふさびしい名であらう

bus mfujinoさん

「青8」は仰るとおり、閑な高齢者が多いですね。今回は久ぶりのお出かけで、「駅長おすすめ・駅プラン」企画で、サンダーバード・ふぐ・温泉・がセットになったもので、快適に行って来ました。
私もよく判らないのですが、てっちりは骨付きふぐに野菜やマロにーきのこ豆腐などの鍋で、しゃぶしゃぶは身皮が別皿についていて、お鍋でしゃぶしゃぶして食べました。な~んだ結局mfujinoさんと同じ食べ方だよね(笑)それに雑炊の字も間違っていました。ふぐ雑炊最高ですね!別腹にさらさらと入りました。そう白子はありません。ぷりぷりであまーい貝柱のお刺身はいただきました。
ヒレ酒は別料金であったようですが、後期高齢者ばかりですから今回はピールとウーロン茶だけでした。
私は下戸ですがmfujinoさんとご一緒のときお味見させて下さいね(笑)
敦賀きらめき温泉は、北陸トンネル(1962年開通)の掘削時に偶然湧出したという敦賀トンネル温泉と新たにボーリングした敦賀市民温泉1号源泉の2種類のお湯が別々の浴槽で使われている。一つはさらっとしていて、一方はつるつるすべすべのお湯でした。外観は船の形をしています。
コメントありがとう(゚ー゚)敦賀までレガシーでひと走りですね♪

bus  道草さん

>―若狭よりひしこを売りに来しおうなのおろす荷物よ霰たまれる― 
お父上様の歌に往時が偲ばれます。そう私達もひしこと云っていました。たっぷりの糠を全部でなく少し残して焼きましたね。辛くて辛くてそれでご飯が一膳食べられる位でした。網じゃこも辛かったですネ。山村では保存のきくものでないと、生鮮物などめったに食べられませんでした。冬、夕飯に食べ残した煮魚を北側の軒下の釣り棚に置いておくと翌朝には飴色でぷりぷりの煮こごりが出来ていました。懐かしいです。
先日の鯖へしこは5ミリ位のお刺身の鯖へしこと大根が抱き合わせに盛られていて、鯖の辛さと大根が中和されてそれはそれは美味しかったですよ。お酒のアテにピッタリ!

「冬の日本海」田中冬二の詩、ありがとうございます。好きですねこの詩。親不知はほんとに寂しいし身が引けるような所でした。今の親不知の線路は海の上を少し走り快適になりましたが、やっぱり寂しいです。ああ、北陸線はやっぱり富山からが良いですね。行きたくなりました。

 そろそろ比良八講の季節でしょうか?湖西線の比良からの吹き下ろしは本当にものすごいですね。匍匐前進で行かんかい!と運転手を励ましてもダメでしょうね。
 今日のように温かくなってくると西近江のあの透き通った空気の中をぶらぶらしたいと思いますね。
 敦賀は金ヶ崎城と気比大社に行ったことがあります。気比大社はたくさんの人がいましたが、金ヶ崎城はムチャクチャ有名なのに城跡の例に漏れず、歩いているのは小生一人でした。
 小生はJRの制度に疎く。青春18切符というのも師匠に教えてもらうまでは知りませんでした。今も未だ未経験ですが、一度挑戦してみようと思っています。うー、今までだいぶと損をしてるぞー(笑)。

bus 徘徊堂さん

コメントありがとうございます。
食べるお話ばかりしていました(´Д`)
そうですか、金ヶ崎城や気比神社にいかれたのですね。今回は行けませんでしたが一度敦賀城に登ってみたいと前々から思っています。見晴らしも、さくらも素晴らしいと聞いていますし。それに芭蕉の「奥の細道」の杖置き地とも言われるゆかりの敦賀でしたね。またこの地は港と鉄道に大きく関係しているところ。明治時代、新橋から金ヶ崎へ直通の欧亜国際連絡列車が運行され、欧州に向かって開かれた「日本の玄関」であった敦賀だそうです。駅や湊にはシルクハットの紳士や豪華なドレスの淑女が往来、異国情緒に満ち溢れた港町だったと。
前に鉄道フアンの青8仲間と昔を偲びふらふら歩きました。それに日本海に向かって咲く水仙がたまらなかったです。

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